手話でリアルタイムの通話を―自治体のアクセシビリティ拡充へ
手話でリアルタイムの通話を―自治体のアクセシビリティ拡充へ
自治体は、慢性的な職員不足を抱えていても、住民サービスのため持続可能な行政運営を要請されている。それには聴覚や発話に困難のある職員も、重要なリソースとして能力を十分に発揮できる環境づくりが必要だ。一方、手話を第一言語とするなど、音声電話の利用が難しい住民にとって、相談などに役所までわざわざ出掛けなくてもいいアクセシビリティ向上策が必須になっている。
そんな状況を変え、スムーズに電話でコミュニケーションが取れる手段である公共インフラとしてのサービス「電話リレーサービス」が生まれた。スマートフォンやパソコンから手話や文字でコンタクトすることで、通訳オペレータを介して24時間365日、双方向かつリアルタイムでやりとりができる。一般財団法人「日本財団電話リレーサービス」は、総務相が指定する唯一の電話リレーサービス提供機関だ。また、2025年4月には、自治体側の問い合わせページのリンクから簡単に手話で問い合わせができる「手話リンク」という仕組みも自治体や企業向けに設けた。同法人の石井靖乃専務理事と秋山愛子常務理事に背景や実績、今後の展開などを聞いた。
「どうして日本にないのか」
日本の電話リレーサービス開発の先導役は石井氏だ。日本財団で障害者支援に携わっていた。2000年ごろ、米国やアジアのろう学校などで現地の電話リレーサービス用のブースが備えられているのを見た。そのとき「どうして日本にないのだろう」と問題意識が芽生えたという。
電話リレーサービスが広がる直接のきっかけは11年の東日本大震災。被災地で、聴覚障害者を行政や公的機関のサポートにつなぐ役割が必要だと認識し、日本財団は電話リレーサービスの前身となる支援事業を試みた。2年間で300人余りが利用し、多くのニーズに応えられると確信を持った。石井氏は「(被災地で)これだけ使われるのだから、全国どこでも同じだろうと思った」と振り返る。
13年には、被災地に限らず全国に必要なサービスとして、電話リレーサービスの制度化に向けたモデル事業が始まり、利用者は全国で1万3000人程度に拡大した。政府も当事者の意見を踏まえた検討を進めた。その後、電話リレーサービスを公共インフラとする「聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律」が成立、20年12月に施行された。電気通信事業を所管する総務省が担当することになった。
個人利用者の75%が「満足」と回答
24年1月時点のアンケート調査では、聴覚や発話に困難のある個人利用者の75.4%が電話リレーサービスに「満足」と回答。価値を認めていることが分かった。
石井氏は印象的な活用例を挙げる。それは、新型コロナウイルスに感染した祖母のために急いで病院を探す孫とその母親のケースだ。母親は耳が聞こえないため、普段の電話は、聞こえる孫が担っていた。しかし、祖母の症状が重い中、一人で電話をする孫は、なかなか病院を見つけられない。心が折れそうになっているときに、母親は電話リレーサービスを使い、受け入れ先を見つけた。いつも電話を任されていた孫は「今まで電話ができなかった母が病院を探してくれて、うれしくて泣いた」と話してくれたという。
個人だけでなく法人の登録も可能に
モデル事業当時は聴覚障害者側が個人で登録する仕組みで、それには一定の手続きが必要になる。自治体の職員がこのサービスを仕事に使おうとしても、自分で登録しなければならなかった。そこで、聴覚や発話に困難のある人が仕事で電話を使いやすくするため、現在は法人による登録も可能にした。
法人登録をしてあれば、聴覚や発話に困難のある職員が、聞こえる職員に頼ることなく、電話リレーサービスを使って役所内やさらには住民とのコミュニケーションも取れるようになる。その結果、職員の仕事の幅の拡大や役所内の業務効率化にもつながる。石井氏は「財団から(自治体に)請求するのは使った分の通話料だけだ」と説明。「一般企業の社員には業務用携帯が貸与されるように、こうした職員にも電話リレーサービスを利用できる端末が貸与されるような環境も整えていくべきだ」と訴える。
HPに載せるだけ
2025年4月から、新に電話リレーサービスの仕組みを使った、自治体や企業の問い合わせ窓口向け「手話リンク」の提供が始まった。これを活用すれば、音声電話の利用が難しい住民は手話リンクを通じて通常の電話窓口にストレスなく手話でコンタクトができるようになり、アクセシビリティの拡充につながる。自治体が導入するのに初期費用は必要なく、設定も自治体のホームページに専用のリンクを載せるだけで簡単に始められる 。財団から(自治体に)請求するのは、手話リンクを利用した通話料だけだ。法律の定めにより通話内容は秘密厳守で、利用者も自治体も安心して利用できる。
石井氏は「今まで聴覚や発話に困難のある住民は電話したくても、事前に登録が必要だった。手話リンクは、クリックすれば自分が登録していなくてもサービスが立ち上がる。コミュニケーションがすごく楽になる。自治体の問い合わせ先も、いろいろなアクセスができるよう進化してきた。次は手話リンクだ」とアピールする。
事前的環境整備が必要
DE&I(ダイバーシティ=多様性、イクイティ=公平性、インクルージョン=包括性)を、組織的に位置付けている自治体や企業が増えている。その流れの中で、障害者差別解消法によって、行政機関がそれぞれの障害者の状況に応じて個別に実施する合理的配慮が義務化された。同時に、合理的配慮を的確に進めるため、不特定多数の障害者を対象にした情報アクセシビリティの向上など事前的環境整備が求められている。国連で障害者権利条約づくりなどの仕事をしてきた秋山氏も事前的環境整備について「本質的に必要なこと。自治体のイメージアップにもつながる」と強調する。
障害者基本法に基づく基本方針にも公共インフラとしての電話リレーサービスの幅広い認知・理解と、利活用の推進がうたわれており、秋山氏は、自治体が策定する障害者基本計画にも手話リンクを含む電話リレーサービスを位置付けるよう提案している。秋山氏は「人に迷惑をかけると考え、自ら引いてしまわず、どんな障害があろうとどんどん挑戦していけるように、ポジティブな気持ちを刺激していきたい」と力を込める。
「公的機関に必ず手話リンク」
手話リンクの導入は、役所全体が対象でなくても問題はない。石井氏は「まずは聞こえない人と関わりの多いセクションで手話リンクを導入してほしい」と話す。必要があれば、内線で別の部署につなげればいいからだ。
同法人は、電話リレーサービスについて、25年5月末時点の登録者数1万7800人を26年度末までに2万人にする目標を掲げる。一方、手話リンクは始まったばかりで認知度はまだ低いが、石井氏は「お問い合わせページがある日本中の公的機関で、必ず手話リンクを付けるようになってほしい」と願っている。
転載元
- 転載記事
手話でリアルタイムの通話をー自治体のアクセシビリティ拡充へ=日本財団電話リレーサービス(iJAMP時事通信社, 2025/6/18)