04:制度化に向けて
目次
制度化に向けた6年にわたる働きかけ
モデルプロジェクトを始めた当初から、私たちは、先進諸外国と同様の「通信のバリアフリー化」に国や電気通信事業者に取り組んでもらうよう、電話リレーサービスの重要性を広く社会に伝える活動を続けてきました。2014年10月に日本財団が発行した「提言:聴覚障害者が電話を使える社会の実現を!」脚注1の作成にあたっては、当財団理事長の大沼直紀(当時は東京大学先端科学技術研究センター特任研究員)が座長を務める「電話リレーサービスの普及と定着を目指した研究会」にて討議を行いました。

画像出典:「提言 聴覚障害者が電話を使える社会の実現を!」日本財団,2014年10月発行。
2017年6月の三河湾沖でのボート転覆事故の後、長年電話リレーサービスを研究する学識者や国際電気通信連合(ITU)で活動されている専門家、現在、当財団の専務理事を務める石井靖乃が日本財団での活動でお世話になってきた有識者の方々など、様々な分野の方にお会いし、ご助言をいただきながら、制度化に向けた調査研究を重ねてきました。
2018年8月に発行した「電話のバリアフリーに関する報告書」脚注2より利用者アンケートの調査結果を数字で示したり、電話リレーサービスの紹介動画を制作しました。また、全国のきこえない方々にも電話リレーサービスの必要性や利便性を知ってもらうべく、全日本ろうあ連盟が主催する学習会を全国 25か所で行い、日本財団からはデモンストレーションの実施や登録方法を案内しました。

画像出典:「電話のバリアフリーに関する調査 報告書」より抜粋。日本財団,2018年8月発行。
手話フォンの設置
制度化に向けたもう一つのアプローチとして、きこえる人への周知も行いました。それが「手話フォン」です。
きこえない人はこれまで電話を使うことができなかった事実に、多くのきこえる人は気づきませんでした。電話リレーサービスというものがあり、それを使えば、きこえない人もきこえる人と同じように電話ができることを知ってほしいと考え、多くの人の目にとまるよう公衆電話型のボックスを作ることにしました。

設置場所として、はじめは利用客の多い主要駅を考えていたのですが、治安等を考慮し、最終的に空港をメインにすることとし、国土交通省の協力を得て全国の主要空港に働きかけました。そして、2017年12月3日、羽田空港第1・第2旅客ターミナルビルに設置されたのが最初の手話フォンです。その後は下記のとおり、合計 6か所に 8 台設置しました脚注3。
- 筑波技術大学天久保キャンパス(2017年12月4日)
- 明石駅前ビル パピオスあかし(2018年2月5日)
- 成田空港第1・第2旅客ターミナルビル(2018年4月6日)
- 福岡空港(2018年7月6日)
- 新千歳空港(2018年7月13日)
特に筑波技術大学や明石市では多くのきこえない方にご利用いただきました。空港では国会議員や地方自治体議員の視察も多く、SNSに写真を付けて投稿する一般の方がいたりと、広告塔としての役割を果たすものとなりました。
歴史的瞬間
様々な角度から制度化に向けて工夫してきましたが、2018年に立て続けに起こった山岳事故により、これ以上は待てない状況となりました。
そんな中、2018年11月7日、歴史的瞬間が訪れます。国会で電話リレーサービスに関する課題が取り上げられ、担当省庁がはっきりしていない点については、総理のリーダーシップにより総務省が担当することに決まったのです脚注4。そのわずかな時間で一気に制度化へと動き始め、2カ月後の2019年1月には、総務省・厚生労働省共催の「電話リレーサービスに係るワーキンググループ」が発足したのでした。
(業務企画調整チームリーダー 親松紗知)
脚注1 『提言:聴覚障害者が電話を使える社会の実現を!』(日本財団, 2014年10月)
脚注2 『電話のバリアフリーに関する報告書』(日本財団, 2018年8月)
脚注3 令和5年3月31日をもちまして、手話フォンはサービスの提供を終了しました。
脚注4 第197回 国会参議院 予算委員会 第2号(平成30年11月7日)国会会議録参照。